発注明細を費目で分類するとき、成果物の精度を決めるのは分類モデルの性能ではありません。決めるのは、分類体系の設計と、誤りを実測する工程の有無です。この記事は、発注・支出データを分類して支出分析をしたい購買・経理・経営企画の担当者に向けて、全件を同一基準で費目分類する5工程を作業できる解像度で書きます。何が見えるかは発注データ分析のAI活用と調達コスト分析のAI活用にあるので、ここでは「どうやるか」だけを扱います。
最初にやりがちなのが、会計側の勘定科目をそのまま費目の軸に流用することです。勘定科目は決算書のための提示区分であって、支出の中身を見る区分ではないため、これは高い確率で失敗します。
国税庁は法人税申告書に勘定科目内訳明細書の添付を求めており、あわせて原価の内訳書の提出を案内しています。その製造原価の内訳書の様式では、工場経費が電力費・運賃・減価償却費・修繕費・消耗品費・雑費といった十数行の枠に収まります(国税庁「勘定科目内訳明細書の提出について」)。この様式で決算は通りますが、どの品目にいくら使ったかは見えません。消耗品費と雑費という受け皿に、性質の違う支出がまとめて落ちるためです。
公的な商品分類を借りる手もありますが、目的が違います。総務省の日本標準商品分類は、現行版が1990年(平成2年)6月改定で、大分類は「粗原料及びエネルギー源」など10項目です。統計調査を整理するための統一基準であり、一社の支出判断に使う軸としては粗すぎます。
費目の分類体系は、データごとに作り直します。既製の体系は費目名の候補には使えますが、軸そのものを借りると分析が成立しません。以下、全件を同一基準で分類する5つの工程を順に説明します。
最初の作業は分類ではなく、明細から品名のユニーク一覧を作ることです。この一覧が分類体系の設計図になります。
一覧は件数の多い順と金額の大きい順の2通りで並べます。この2つは一致しません。件数は多いが金額の小さい消耗品と、年に数回しか出ない高額の設備品を同じ費目に入れると、どちらも見えなくなります。
費目の数は先に決めません。品目一覧を読みながら、「この2つを同じ箱に入れたとき、意思決定が変わらないか」で束ねます。変わらないなら同じ箱、変わるなら分けます。実際に手掛けたデータでは、約320品目が約30の費目に落ち着きました。数十という規模は結果であって、目標値ではありません。
仕入先名や品名の表記ゆれが先に問題になるなら、整形を済ませてから分類します。名寄せ・整形の実務は形式バラバラのデータを「使える一枚」にするにあります。
分類の精度を最も左右するのがこの工程です。
どの分類体系にも、どちらの費目とも取れる品目が必ず出ます。工具として使う消耗品を工具に入れるのか消耗品に入れるのか。設備に付随する部品を設備に含めるのか独立させるのか。正解が決まる問題ではなく、決めの問題です。
決めの問題を分類しながら都度決めると、必ずぶれます。最初の100行と最後の100行で違う基準が通り、集計した瞬間に数字が意味を失います。そこで、迷いそうな組み合わせを列挙し、どちらに寄せるかと理由を1行ずつ先に書き切ります。この文書が納品物の判断基準シートになります。
書けない境界が残るのは悪い兆候ではありません。書けないのは情報が足りないということなので、無理に決めず要確認として持ち越します。
明細を丸ごとモデルに投げる前に、ルールで決まるものをルールで処理します。判断が要らない行に判断を通すと、そこにも誤りが生まれるからです。
決定論で処理できる典型は次のものです。
これらは正規表現と突合表で確定できます。実際に手掛けたデータでは、この前段で全体の約25%が確定し、その範囲で矛盾はゼロでした。判断を通す行が減れば後工程の負荷が下がり、確定の根拠はルールとして次のデータに再利用できます。
同じデータを、同じ分類体系と境界ルールで2回独立に分類します。前の結果を見ずにゼロから走らせるのが条件です。
2つの結果を突合し、一致した行はそのまま確定、食い違った行だけを裁定します。怪しい行を勘で探さなくてよいのが利点です。判断が割れた行は、境界ルールの穴か品名の情報不足のどちらかを示しています。裁定で境界ルールに追記が出たら、その場で工程2の文書を更新します。決着しない行は要確認へ送ります。
納品前に、最終結果を知らない別の担当がゼロから再分類します。これを最終結果と突合し、食い違った行の割合を出す。これが実誤り率です。分類した本人は監査に入れません。同じ思い込みが2回通るだけだからです。
完了基準は着手前に数字で置きます。実務で使う基準は、実誤り率が全体で2%以下、かつ金額加重で1%以下。2つ置くのは、件数は少ないが金額の大きい行の誤りを全体の率が薄めるためです。実際に手掛けたデータでは、約700件の明細を全件分類し、実誤り率は全体で約1%、金額加重でも基準を満たしました。
修正にも規律があります。独立した2名以上が同一の別カテゴリで合意した箇所だけを修正することです。1名の指摘だけで機械的に直すと、正しかった行を壊す事故が起きます。指摘は1票であって判定ではありません。合意が取れない指摘は、修正ではなく要確認へ回します。
基準を先に数字で置き、同じ物差しで測り直す構造は、AI機能の精度検証と同じです。基準の作り方はLLMの精度評価は「評価セット」で決まるにあります。
全件を分類するのは、全件を埋めるという意味ではありません。品名の情報だけでは費目が確定しない行は必ず残ります。推測で埋めた瞬間に、埋めた行と確定した行が見た目で区別できなくなり、成果物全体の信頼性が落ちます。
確定できない行は要確認として分けて出します。納品物は、費目分類済みの明細一式、境界ルールと要確認を載せた判断基準シート、要確認行の「何がわかれば確定するか」のメモの3点です。
以下は理解のための設例です。実在の企業のデータではありません。 従業員300人・年間の発注明細が約8,000行の企業を想定します。
人手で1行30秒かけて分類すると、8,000行で約67時間かかります。これが「分類し直したいが手が回らない」の正体です。工程3の決定論ルールで確定する割合はデータの書き方によって変わりますが、仮に2〜3割が確定するとすれば、判断を要する行は6,000行前後に減ります。
完了基準も、この規模なら件数に翻訳できます。実誤り率2%以下は、8,000行なら誤り160行以下という意味です。金額加重1%以下は、その取り違えが細かい消耗品に留まるか、金額の大きい設備品に及ぶかを分けます。
分類の精度が目標に届かないとき、まず疑われるのはモデルです。実際には、届かない行の多くは情報量の問題です。
品名が社名だけの行、型番だけの行、社内の略号だけの行には、費目を決める手がかりが入っていません。人が見ても確定できないものは、どのモデルでも確定できません。高性能なモデルで押し切っても、返るのはもっともらしい推測です。
そのため、精度が頭打ちになったときに見るのはモデルの選定ではなく明細の情報量です。品名の書き方にルールを入れる、発注時に品目コードを持たせるといった上流の手当てが、次回以降の精度を動かします。手元のデータでできるのは、確定できない行を要確認として切り出すところまでです。
費目分類が終わると、次に見たくなるのが「同じものを違う値段で買っていないか」です。ここに落とし穴があります。同一商品の定義次第で、抽出される差額の意味が変わるからです。
品名だけをキーにすると、サイズや規格の違う商品が同一とみなされ、差額が高買いではなく仕様差を映します。実際に手掛けたデータでは同一商品で単価が異なる組み合わせを約70件抽出しましたが、この一覧は何をキーにしたかを明記して渡しています。
交渉材料に使う前に確認するのは1点です。この差額は、同じものを違う値段で買っている差か、違うものを比べている差か。キーの定義がない単価差一覧は、そのまま使えません。
自力で成立する条件は、品目コードが整備され、分類体系が社内で合意済みで、明細が数百行規模であること。これが揃うなら表計算の突合表とフィルタで足ります。
壁になるのは、品名が自由記述で品目コードがないこと、分類体系を作るところから始まること、そして工程5の独立監査を社内で組めないことです。とくに最後が効きます。分類した本人しか中身を知らなければ、どれだけ見直しても実誤り率は測れません。
外注するなら、見積もりを比べる前に3点を確認します。独立監査の工程が入っているか、実誤り率をどう定義して測るか、要確認をどう扱うか。これが仕様にない分類作業は、精度を約束していないのと同じです。外注費用の水準は業務の外注相場まとめに出典つきで整理しています。
まず、発注明細を何年分・何行エクスポートできるかと、品名が自由記述かコード管理かを確認してください。この2つがわかれば、決定論ルールで確定できる割合の見当が付きます。前工程の整形・名寄せはデータ整理・名寄せとして成果物単位で提供しています。分類設計から独立監査までの進め方は、相談からご連絡ください。
国産大手ERPベンダーで新卒からERPのエンタープライズ営業・プリセールス・導入コンサル、外資系SaaSでパートナーセールス部門の立ち上げ、国内大手放送局で新規事業開発(通販カタログ事業)、AIスタートアップ2社でビジネスサイドの要職を歴任。2024年10月から生成AIを自ら実装し、2025年にゴムマリ株式会社を設立。
現在は自らAIエージェントを実装するFDE。評価セット設計・専門家監修・Go/No-Go判定、CRM・会計・社内DBとの統合、減った時間の実測まで一貫します。要件から、運用まで——AIエージェントが、現場で成果を出す仕組みを。
FAQ
使えないわけではありませんが、粒度が合わないのが通常です。勘定科目は決算書を作るための提示区分で、消耗品費や雑費のような受け皿に性質の違う支出がまとめて落ちます。支出分析に使う費目は、実データの品目一覧から作り直すのが原則です。
結論を知らない別の担当がゼロから再分類し、最終結果と突合して、食い違った行の割合を出します。これを実誤り率と呼びます。分類した本人が自分の結果を見直す確認は、同じ思い込みを繰り返すため精度の測定になりません。
数を先に決めず、実データの品目一覧から起こします。判断の単位として意味のある粒度で切ると、多くの発注明細では数十の費目に落ち着きます。ただし件数の少ない費目を無理に残しても、集計して示唆は出ません。
上がる範囲は限られます。品名が社名のみ、型番のみといった行は情報量そのものが足りないため、どのモデルでも正解に届きません。精度の頭打ちは、モデル性能ではなくデータの情報量で決まることが多いです。
同一商品の定義を確認してからにしてください。サイズや規格をキーに含めていない場合、抽出された差額が高買いではなく仕様差を映していることがあります。キーの定義を明記した状態で渡すのが実務です。
推測で埋めず、要確認として分けて出します。品名の情報だけでは費目が確定しない行は必ず残るため、判断基準を書いたシートに外れ値を明示し、発注側で確認する運用に載せます。